活動内容
湖北長浜で地域脱炭素に取り組む意義
※本記事は2022年12月24日執筆。
滋賀県長浜市において、気候変動対策を「地域・ローカル」という単位で進めることで、地域の課題解決や魅力アップに繋げるような動きが生まれています。
令和4年(2022年)年12月13日、長浜市のグランパレー京岩は、熱気に包まれていました。
長浜市と湖北環境経済協議会が、「長浜市脱炭素社会構築基本計画検討会」を開催し、ゼロカーボンに向けた戦略となる基本計画の中間報告が行われました。その場で議論されている構想は壮大で、その戦略は緻密で、数値的な裏付けがあります。何より各分野に数え切れないプレイヤーがいます。今後、エネシフ湖北では、長浜の脱炭素に関してさまざまな記事をアップしていこうと思います。
今日は、まず第一弾。そもそも論として、「地域がなぜ脱炭素に取り組むのか」について、先述の「長浜市脱炭素社会構築基本計画検討会」で議論された内容や、長浜のみんなで議論してきた内容を、エネシフ湖北の視点で整理してみたいと思います。
なぜ地域が脱炭素に取り組むのか。
まず、背景です。2015年、21世紀後半には、温室効果ガスの排出量と吸収量をバランスを取ることを目指すパリ協定が合意されました。
また、日本でも、菅前総理が、2020年にカーボンニュートラル宣言を行っており、それ以降、脱炭素・気候変動対策について新聞やニュースで目にしない日はないほどです。
長浜も気候変動に無縁ではありません。令和4年の8月豪雨では、高時川で水害が発生し、家屋や農地が浸水被害にみまわれたことは、記憶に新しいですが、近年の豪雨災害の増加は、気候変動の影響だと指摘されています。
長浜市の温室効果ガスの排出量は世界の0.003%!?
しかし、長浜市の温室効果ガスの排出量は、世界全体の排出量から比べると、ほんのわずかしかありません。
もちろん世界のみんなで取り組む必要があることは確かですが、0.003パーセントくらいの削減効果しかないのであれば、長浜市がコストや労力をかけて取り組まなくてはならない逼迫感は正直ないのかもしれません。他にもやらないといけない地域課題は山積しているからです。
脱炭素は地域の「生存戦略」であり、「成長戦略」である。
では、地域が脱炭素に取り組む積極的理由は何か?それは、脱炭素という世界の荒波を乗り越えることは、地域にとって生き残りをかけたシビアな生存戦略になると思うからです。
一方、その荒波も利用すれば、地域にとっては大きな成長や成熟に繋がるものになるのです。つまり、脱炭素に取り組むというのは、”地球のため”、”環境問題”ということだけでなく、地域にとって大きなチャンスであるということです。加えて言うと、「地域脱炭素は地域にとってチャンスである」という論調は日本全国の地域であればどこでも当てはまり、長浜特有の話ではないかもしれません。でも、湖北長浜こそ脱炭素を地域づくりの柱にするべきだと僕は思います。長浜は、脱炭素や環境経済というテーマで勝負できるポテンシャルがあると思うのです。
ひとまず今日は、5つの観点から、なぜ地域で、脱炭素に取り組む必要があるのか、掘り下げて考えてみたいと思います。
《その1》エネルギーは、逆境の地域経済や地域社会にとって魅力的な成長、成熟の原資
まず、エネルギーは、とても大きな産業です。普段使う電気は、大きな発電所や輸入される石油等大きなシステムに委ねる形で調達されています。これらの多くは地域外から購入しているため、莫大な金額が地域外へ流出しています。
環境省が提供している地域経済循環分析ツールを用いると、長浜市だけで年間約308億円がエネルギー代金として流出していると言われています。
ただ、時代はカーボンニュートラル、脱炭素社会を求めています。そのためには、太陽光発電や風力発電等の再生可能エネルギーの拡大が必須です。
今、エネルギーのあり方は根本から変わろうとしています。ただ、ここで大事なのは、”変わり方”です。放っておいても、地域外の大資本がメガソーラーや大型風力等を長浜に設置していき、長浜の温室効果ガスの排出量は減少するでしょう。でも、それだけだと、支払い先が石油化学会社や中東から、地域外のメガソーラーの会社に変わるだけです。
一方、もし、地域みんなでお金を出し合ってエネルギー会社を作り、その会社が地域にある建物の屋根に太陽光パネルを置いていったら?また、家の断熱リフォームや省エネリフォームを行ったら?地域のエネルギー会社や工務店にお金が流れる一方、毎日の電気代等として外へ流出するお金を減らすことができます。地域内にお金が残り、実質的な所得は上昇します。
そのポテンシャルが、年間約300億円あるということです。長浜市も全国の地方と同様、人口減少、高齢化が進みます。そうすると、地域の内需は縮小し、これから地域住民向けの事業はさらに厳しさを増すかもしれません。
こうした中、気候変動に立ち向かうという追い風に乗りながら、この300億円という大きな流出を止めるべく、地域で再エネや省エネに投資をしていけば、地域経済にとって、大きな稼ぎになるはずです。
《その2》脱炭素は地域の”雇用問題”
次に、脱炭素の波は、地域の産業構造を大きく変えるため、その波に乗ることは、魅力ある雇用の創出に繋がる一方、乗り遅れると大変です。
少し話は飛びますが、「カーボンバジェット(炭素予算)」という言葉があります。2050年までに排出量を実質ゼロにしようと思うと、「あとどれだけ世界が温室効果ガスを排出できるか」が逆算できます。
中学か高校の時に、石油の「確認埋蔵量」という概念を聞きましたが、最近あまり聞きませんよね?時代が変わり、もはやたとえ石油を採掘できたとしても、CO2を排出できないため、石油をそのまま燃やすことはできないような未来が到来しつつあるのです。2050年、約30年先には、もはや温室効果ガスを排出することが許されない時代になっているのかもしれません。
とすると、たとえば温室効果ガスを多く排出する石炭火力発電所を今から何年もかけて建設しても、30年後には運転出来なくなるかもしれないということ。つまり投資回収出来ない。もっと身近な例でいうと、日本政府は、「2035年までに、乗用車新車販売で電動車100%」という目標を掲げています。そうすると、自動車メーカーだけでなく、関連部品を作っている企業等、サプライチェーン全体が大きな変革を迫られます。
10年、20年以上先を見据えて行う投資において、脱炭素を見越した経済のあり方を予測することが、地域の企業の生存戦略となり、地域の雇用を守ることにも繋がるということです。また、取引先にも気候変動に対する取組みを求める大企業も出てきており、地域の中小企業も否応なく脱炭素の渦に巻き込まれることになるのでしょう。
でも、「そうは言っても地域の中小企業には資金的、人員的な余裕はない」等、いろいろ課題はあると思います。だからこそ、地域で支え合う仕組みや専門家のサポートを得る体制が必要です。たとえば、地域でお金を出し合って、地域のエネルギー会社に初期費用ゼロで屋根に太陽光パネルを置いてもらったり、地域で専門家を育て、地域のローカルシンクタンクとして脱炭素経営をサポートしてもらったり。
今、長浜の戦略づくりには多くの専門家が深く関わってくださっています。このサポート体制をうまく組織化していけば、企業経営や自治体政策等の地域脱炭素の推進を支える新しい機関の形成にも繋がると思います。
また、産業構造が大きく変わる時代ですので、断熱や省エネ、再エネ導入等、地域に魅力的な雇用を作っていける可能性も充分あります。地域の経済活動に、脱炭素という新しい価値を付与することで、新時代の産業、雇用として育てていくことができます。つまり、脱炭素は地域にとって”雇用問題”と言っても過言ではないと思います。
《その3》脱炭素による社会の変化をチャンスとし、地域社会をアップデートする機会にする
さて、経済の面から二つ書きましたが、次に、暮らし、ライフスタイルについて。
先述の通り、今後脱炭素に向かうにあたり、産業構造は大きく変わります。そうすると、この機会をとらえ、地域をより住みやすい場所に変えていくこともできます。例えば、より住民が密集して居住し、効率的にエネルギーを使うようなまちづくりを目指すことも可能です。そうすると、居住、生活の空間において徒歩や自転車でより快適に暮らすことのできる社会へ変えていくことにも繋がります。家の断熱性能を高めることは、省エネということだけではありません。暖かい家で生活できるようにすることで、快適で健康的な暮らしができるようになります。
防災面でも、メリットはあります。エネルギーを自給すること、または分散させることで、たとえ災害等により大きな発電所が停止してしまっても、町全体が停電するという事態は避けられるかもしれません。
地域の抱える課題や地域の魅力を向上させるための、「脱炭素×○○」のアイデアを考え、作り出していくことができれば、2050年は今よりきっと暮らしやすい地域になっているはずです。
脱炭素は、ひとつのきっかけです。この機会、社会の波をしたたかに利用し、地域を発展させていくことができると思います。
《その4》再エネ開発を地域が主導、管理することで、地域の風景を守る
次に、再エネの乱開発から、地域を守り、再エネ開発の主導権を地域が持つ必要があります。
再生可能エネルギーの開発を行う時、まず必ず条件の良いところから設置していきます。つまり、今後、再エネが増えることは間違いないですが、より設置の条件が悪いところにも開発されていく可能性があるということです。そうすると、無秩序に、地域外の会社によって、地域にとって開発してほしくないところに開発されてしまう、ということが起きてしまいます。
そうならないためにも、「この場所で促進しよう」、「この場所はダメ」、という風に地域で事前に決めておくことが大切です。地域での合意形成、事前のゾーニングが極めて重要になります。
ここで大切なのは、ダメなところをマップ化するだけでなく、地域のポテンシャルや地域のゼロカーボン化に必要な供給量を数値としてしっかり把握した上で、冷静で合理的な合意形成のプロセスが必要となります。また、地域主導の開発が一番望ましいですが、地域主体だけでは資金的、技術的に難しい場合においても、事前にゾーニングを行い、地域側が促進する地域を設定しておけば、外からの開発をコントロールできます。さらに、促進する区域において開発する事業者を誘致し、地域側から開発事業者に地域還元するようなリクエストを出していくことも可能かもしれません。とにかく地域側が主導権を握ることが大切です。「地域の土地利用方法は、地域で決める」という姿勢を持つことが重要だと思います。
《その5》変革後の社会を見据えた人材育成
最後に、人材や教育の観点からも1つ。繰り返しになりますが、産業構造は大きく変わります。今、15歳の若者は、2050年には、まだ50歳手前です。彼らにとっては、新しく到来する社会について学ぶことは極めて大切です。実際、最近SDGsに関心をもつ意欲ある学生も増えてきています。
こうした若者に対して、長浜・地域というフィールドで学び、研究し、取り組みに関わる機会を作っていくことで、魅力ある学びの場を提供することに繋がります。
地域に住む子供達・若者を育成するのは、そこに暮らす地域の人達です。「若い世代に新しい社会で活躍できるような教育を提供する」という視点がとても大事であり、それこそ地域が脱炭素に取り組む意味ではないでしょうか。もちろん、産業転換がスムーズに行われた暁には、彼らにとって魅力的な職業が地元にある、ということにも繋がります。その結果、人が学び、育ち、地域で活躍し、稼ぎ、また地元の子供に教育するという、経済や教育の好循環が作り出せるのだと思います。
終わりに
さて、今回は、脱炭素に地域が取り組む意義や背景を中心に書きました。今後は、長浜が描く具体的な戦略や、地域にすでに始まっている取組等についても記事にしていきます。
エネシフ湖北のメンバーとして気まぐれに記事を執筆。湖北地域の面白い動きや地域づくりに関するオピニオン等を発信。